朝ゆが

『朝ゆが』・・・「朝がゆを皆で食べるんか?」と前回に取り上げたロビンさんのサイトでイベントを検索していた。

何と『ゆが』とは『瑜伽』と書いて仏教のヨガのこと。ここでの朝ゆがとは、ヨガよりも、座禅よりもゆる~い朝の瞑想のことと紹介していた。(ほんと朝がゆなんて何と無知でいやしいことか(笑))

 

京都三条木屋町の雑居ビル街の一角にあるお寺で行われる、この朝ゆがに当日の朝に出かけてみると、なかなか場所が見つからない。朝の歓楽街をうろうろしていたら交番があり、若いおまわりさんに尋ねてやっと辿りついた。35年余り京都に住んでいて、この辺りも頻繁に歩いているはずなのに、こんな所に豊臣家に縁の寺(瑞泉寺)があるとは全く知らなかった。

 

ちらほらと参加者が集まり、本堂を皆で囲むように思い思いの形で座り、まず住職のお経で始まり続いてロビンさんにバトンタッチ。右奥に座るロビンさんのカリンバを聴きながらの瞑想。心地よさに浸っていたら、さすが歓楽街の中のお寺だ、カラスの鳴き声、バイクの爆音、車の音、若者の叫び、清掃車の作業音?おまけに飛行機の飛んでいる音まで聞えてくる。「こんなんで瞑想になっているんか?」と、じゃっかん不安に過ごしながら前半の20分間が終了。暫く休憩があり、続いて20分間のカリンバなしの瞑想。すると、周りの騒音がどうでもよくなり気にならなくなっていた。ただ、その変わり足腰のしびれが気になりだしたのだが(笑)

 

その後、クールダウンの瞑想を10分間ほど行い終了。お茶を飲みながら住職やロビンさんを囲んでの雑談があり、私も前述の体験を話し和やかに終了した。

 

仏教(僧侶)とカリンバ(音楽家)のコラボレーション、まったく異分野と思われるものが交わり、新しいものを生み出す。いま私が思い描くテーマのヒントがここにあった。そして、瞑想中に気になった雑音を人生に例えるならば、日々の障害や悩みみたいで、それをそのまま見詰めて『今ここ』にいると、其の事がどうでもよくなり、いつのまにか執着していたものが気にならなくなる。でもこれで悟ったかと思うと、新たな足腰のしびれみたいな障害や悩みが訪れる(笑)ま~これもやり過ごしていれば気にならなくなるだろうな。

 

静かな山奥の寺で修行し、悟ったつもりで下界に戻ると、元の黙阿弥なんてよくあること。ロビンさんは街中で赤信号に引っかかると、チャンスと捉え瞑想をするとのこと。まさに日々の生活の中で、障害をチャンスに変える達人だな~

 

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コメント: 2
  • #1

    まる (日曜日, 08 9月 2013 13:17)

    朝ゆが!私も行きたかったです。行くつもりが、前日の飲み会はしごで起きられず…;;
    でも、ともさんのブログのおかげで、雰囲気がとってもよくわかりました。
    赤信号で瞑想、さすがロビンさんですね。笑
    次回はいつになるんだろう。楽しみです。

  • #2

    ともさん (月曜日, 09 9月 2013 14:10)

    お~ その飲み会の盛り上がりからすると、仕事で欠席した私も二次会からの参加で十分に堪能できたかも知れませんね。

    でも、そうなると二日酔いで起きられず、「朝がゆ」しか食べられなかったかも(笑)

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