栄光のラーメン店主

 だいたい男というものは、過去を美化してそれに浸るアホな生き物のようだ(笑)

 

その団塊の世代と思われる男性客は、老齢の店主に両手を差し出した。店主もそれに応え、両手でその客の手を握り締めた。その客が「こんな頭になりました」と薄く白髪になった頭に手をあてると、店主は被っていたバンダナを外し後退した白髪頭をさらけ出して「来年八十になります。腰も痛いですが、八十までは頑張ります」と小柄な身体で歴史の刻まれた笑顔を向けていた・・・

 

先日、ある講演会(この話題は別の機会に)の帰りに、懐かしいラーメン屋に入った。もう五十年以上の歴史がある老舗と言ってよい店だが、あっさりした普通の醤油ベースのスープで特別に美味というわけではない。ラーメンファンや外国観光客が行列してるわけでもないので、それが証拠だろう。私が昔に通ったのはホントに数えるほどで、1977年からの学生時代、修行時代の10年ほどの間だったと思うが、店主の顔も特に記憶には残っていなかった。

 

その日は土曜日の昼だったが、猛暑の影響か25ほどの座席のうちカウンターに8人ほどの客であった。この辺りは西日本の大学の雄である京都大学の施設が数多くあり、道向かいには大学病院、少し離れた敷地には、ノーベル賞受賞者である彼の山中教授のいるips細胞研究所(講演会場に行く道すがら、たまたま見付けたのだが(笑))もある知識人の街である。

 

のれんを潜り古ぼけてしまった店内に入り、カウンター客の1人に加わりラーメン並と麦飯小を注文した。直後に先の男性客が五つほど離れた席に座り同じメニューを注文した。それまでラーメン作りの一連の作業をしていた店主は腰が痛いのか、娘と思しき女性にバトンタッチして補助作業に回った。なみなみと入ったラーメンとスープ、そして小とは言えてんこ盛りの麦飯を「こんなんだったかな~」と思いつつ箸を進めていると、その男性は出された麦飯に「これは麦飯ですか?」と質問した。娘と思しき女性「はい」と優しくいなしていた。暫くして私より早く食べ終わった男性がレジに立つと、娘と思しき女性は「この頃の学生は麦飯を嫌がるので麦を減らしているのです」と打ち明けた。そこへ店主が加わり序文の光景が展開されたのである。

 

私の父は八十歳まで働いた。そして私はその父の年齢を超えるまで働くのが目標であり、あのラーメン店主の姿が八十歳まで働いた父の姿にかぶったのだ。「このドラ息子をいつまでも応援してくれていたな~ 私の八十歳の姿はどんなんだろう・・・」

 

あのラーメン店主は来年八十歳には栄光のゴールのテープを切るのかな? カウンターの上にお冷のサーバーが備え付けられていて、その横に陣取りお客が来る度にお冷を入れ、ノートに『正』の字を書きこむ(覗きこんですんません)老女がいた。店主や娘、そして男性の会話に加わり「まだまだ稼いでもらわんと!」と笑いながら言っていた・・・ 

 

 おぅ! 女はいくつになっても現実主義! 絶妙のバランスの家族経営だな~(笑)

 

懐かしい店で男と女の性の違いを見せつけられた私は猛暑の中、夢と現実の狭間を彷徨いながら帰路に就いたのだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメントをお書きください

コメント: 4
  • #1

    むっちゃん (火曜日, 26 7月 2016 11:18)

    全然知らないラーメン屋さんですが、光景が目に浮かぶようです。
    ラーメンに限らず、何でも「質」が良いのは大事な事ですが、
    質を越えるものがあるのですね。
    人はそれを求めている気がします。
    そして、人にはそれがわかるのですね。
    ラーメンの汁のように、心にしみました。。。★

  • #2

    ともさん (水曜日, 27 7月 2016 20:52)

    継続する、そこに人生の色々な出汁が入るのでしょう。
    いま行列の店でも、止めてしまえばそれまで。
    人にも店にも味が沁み込むには時間が掛りますね・・・

  • #3

    むっちゃん (火曜日, 02 8月 2016 20:54)

    なるほど~
    私も歳とともに味が沁み込んでいるのでしょうか・・・

  • #4

    ともさん (土曜日, 06 8月 2016 07:59)

    どんどんコクが増しているのでしょう~!

What's New